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東京地方裁判所八王子支部 平成6年(わ)936号 判決

主文

被告人を懲役三年に処する。

この裁判の確定した日から四年間右刑の執行を猶予する。

押収してある文化包丁一丁(平成六年押第一八〇号の1)及び刃物片三片(同号の2)をいずれも没収する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、妻子がありながら、約一〇年もの間、一三歳年下のHを愛人として、同女に四回も妊娠させて中絶させるなど、肉体関係を伴う交際を続けていたが、同女は、Iと親しくなり、同人から結婚の申込みを受けたことから、被告人と別れることを決意し、同女の意を受けたIが、平成六年八月一八日ころ、同女が同席した場で、被告人に対して、同女と結婚したい旨を告げた。被告人としては、長く愛人関係にあった同女が、自己の知らないうちにIと親しくなり、結婚話にまで至っていること、これまで親しくしていた同人が、自己と同女との関係を知りながら、同女との結婚を願っていることを初めて知って、激しいショックを受けた。しかしながら、被告人は、同女に対する未練の情を容易に断ち難く、同女に対して、連れ出して心中を迫ったり、Iと二人だけでは会わないことなどを内容とする誓約書を書かせようとするなどして、再三にわたって、同人と別れるように執ように要求したが、同女は、これに応じようとすることなく、かえってIとの仲を深めていったところ、

第一  同年九月一一日、同女方に電話をかけたが、同女から、「会いたくもないし、話もしたくない。」などと邪険に扱われ、同女方に泊まっていたI(当時三五歳)からも、「お前、いいかげんにしろよ。しつこくするな。」などと怒鳴りつけられたことから、同人に対する憤激の情が一気に高まり、とっさに同人と生命をかけて決闘しようと決意し、同人に対し、「お前、おれと命をかけて勝負するか。」と申し向けて決闘すべき旨を告げ、これに対し、同人が直ちに「上等だ。すぐ来いよ。待ってるから。」などと述べてこれに応じたことから、同人を殺害する意思をもって決闘を実行すべく、自宅台所にあった刃体の長さ約一八・三センチメートルの文化包丁一丁(平成六年押第一八〇号の1及び2)を持ち出し、自動車を運転して同女方前に赴き、同所において被告人を待っていた同人を自車の助手席に乗せて発進させ、東京都国立市泉一丁目一〇番地先路上に停車させて下車した上、人けのない同所の高速道路ガード下通路(中央自動車道国立府中一二番通路)に赴き、前同日午前七時一五分ころ、同人に対して、「どっちがやってもやられても警察には言わないことにしようぜ。」「これを真ん中に置くからよ。」などと述べて、約三・五メートル離れて自己と対じしている同人との間に前記文化包丁を投げた上、二人して右包丁をめがけて駆け寄り、被告人において先に拾い上げて右手に持ったところ、同人に上から押さえ込まれ、互いに組み合い、もって決闘をしたが、この間、右包丁を突き上げて同人の左上腹部を突き刺したものの、同包丁の刃が折れて使用できなくなり、かつ力尽きたため、同人に全治約一か月間を要する左上腹部刺創による胃損傷、中結腸動脈損傷及び左前腕切創の傷害を負わせたにとどまり、殺害の目的を遂げなかった

第二  業務その他正当な理由による場合でないのに、前同日午前七時一五分ころ、前記の高速道路ガード下通路において前記文化包丁一丁を携帯所持したものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(補足説明)

被告人は、判示第一の犯行について殺意を否認する。

しかしながら、関係証拠によると、本件決闘で使用された凶器は、刃体の長さが約一八・三センチメートルの鋭利な文化包丁であって、十分な殺傷能力があるところ、被告人は、被害者に対して、「おれと命をかけて勝負するか。」「死んでもかまわないな。その位の覚悟でやるぞ。」などと申し向けた上、約三・五メートルの至近距離で自己と対じしている被害者との間に前記文化包丁を投げた上、右包丁が着地した瞬間に両者とも右包丁をめがけて全力で駆け寄り、被告人が、その包丁を拾い上げ、被害者に上から押さえ込まれた際に、何らちゅうちょすることなく連続した動作で被害者の身体の枢要部である左上腹部を突き刺していることが認められ、右認定事実に、本件傷害の部位、程度、本件犯行の動機、被告人の捜査段階の供述を併せ考慮すると、本件判示第一の犯行の際に被告人に殺意があったことは明らかである。

(法令の適用)

被告人の判示第一の所為のうち、決闘の点は決闘罪に関する件(明治二二年法律第三四号)二条、刑法施行法一九条一項、二項、二条に、殺人未遂の点は、刑法二〇三条、一九九条に、判示第二の所為は銃砲刀剣類所持等取締法三二条三号、二二条本文にそれぞれ該当するところ、判示第一の罪については決闘罪に関する件六条、刑法一〇条により重い殺人未遂罪の刑で処断することとし、各所定刑中、判示第一の罪については有期懲役刑を、判示第二の罪については懲役刑をそれぞれ選択し、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により重い判示第一の罪の刑に同法四七条ただし書の制限内で法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役三年に処し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判の確定した日から四年間右刑の執行を猶予し、押収してある文化包丁一丁(平成六年押第一八〇号の1)及び同刃物片三片(同号の2)は、いずれも判示第一の犯行の用に供した物で被告人以外の者に属しないから、同法一九条一項二号、二項本文を適用してこれらを没収し、訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする(なお、決闘による殺人未遂について付言するに、決闘罪に関する件三条は、決闘によって人を殺傷した者を刑法各本条に照らして処断することとし、あたかも、決闘罪の加重的類型として、決闘によって「殺傷」の結果を生じた場合について特別の構成要件を定め、刑法の殺人罪、傷害罪、傷害致死罪の刑に照らして処断することとしたもののごとくみられないでもないが、そのように解すると、殺意をもって決闘した場合であっても、「殺傷」の結果が生じなかった場合は、決闘罪に関する件二条の決闘罪の成立しか認められず、また、本件のように、傷害の結果を生じた場合であっても、殺人未遂罪の刑によることはできないことになるが、このような取扱いは、他の場合よりも決闘による場合を寛大に扱うことになり、これが不当であることは明らかである。したがって、決闘による殺人未遂については、決闘罪と殺人未遂罪の両罪が成立するものと解すべきである。

(量刑の理由)

本件は、被告人が、被害者から自己と愛人関係にあった女性と結婚したい旨告げられたものの、同女に対する未練を断ち難く、被害者と決闘に及んだ上、所携の文化包丁で殺害しようとしたが、同人に傷害を与えたにとどまり、殺害の目的を遂げなかったという事案であるが、その犯行の動機は、極めて自己中心的、短絡的なものであって、そこに同情すべき余地がないこと、鋭利な刃物を用いて身体の枢要部である腹部を突き刺したもので、甚だ危険な犯行態様であること、結果も軽くないことなどに照らすと、犯情は芳しくなく、その刑責は決して軽くない。

しかしながら、本件判示第一の犯行は、幸いにして未遂に終わり、被害者の負傷の程度が全治約一か月間のものにとどまったこと、被害者にも被告人の挑戦を安易に受けた点で落ち度がないとはいえないこと、被告人は、本件判示第一の犯行直後に被害者の出血を見て、その身を心配して被害者を自車に乗せて病院まで搬送し被害者を救助したこと、被害者及びHに対して縁を切ることを誓約し、被害者との間に示談を成立させ、被害者も被告人に対して寛大な処分を願っていること、これまで前科前歴が全くないこと、その反省状況などの被告人についてくむべき事情が認められるので、被告人を主文掲記の刑に処した上、その刑の執行を猶予するのが相当である。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 豊田健 裁判官 榊五十雄 裁判官 甲良充一郎)

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